ヴァーチャル・リアル (ラバヒルSSSvv)
 


何もない空間に垂れ込めるは、霞のような曖昧な薄闇と、何物かの気配。
不意な衝撃波を受け、目を眩まされたその隙に、
こんな場所へと強制的な次空移動をさせられたからには、

 【 気をつけろ、トーゴ。奴ら、どっかに潜んでる。】
 「ああ。判ってる。」

カチューシャのように頭へと装着したままだったインカムは、
此処にはいない相棒、メロリンガの声を届けて来るから、
次元の違うところへ完全隔離された訳ではないというところだろうか?
メロリンガは亜空間にあるというバイラルの屋敷からコンタクトを取って来る。
だから、単に監禁されたくらいでは会話が遮蔽されることはないのだが、

 「だが、この空間は人間界のどこかじゃあないみたいだな。」

壁も天井も見えないまま、
果てしなくも見える一方で狭苦しくも見える奇妙な空間。
用心しいしい周囲を見回せば、カカッと、
まるで音が立ったかのようにくっきりとした明かりが差し、
さっきまでは何もなかった一角に、黒い影が立っている。

 「誰だっ!」

上背のある何物か。
肩や胸板、二の腕が、不自然なほど盛り上がり、
体の側線へだらり垂らされた腕の先、
1本1本がナイフのような長く鋭い爪のついた手が、
瞬発的な目覚めを示すよに、いきなりガッと力んで開かれる。

 《 俺はガイアの狂戦士、サイドゴン。》
 「なにっ!」
 《 タナトスよ、此処がお前の墓場になる。》
 「なんだとっ!」

くっくっくっと、喉奥を震わせて笑う怪人の言いようへ、
窮地を察したトーゴ・タケシは、究極戦人タナトスへの変身を決意し…。




 「よーし、カァーットっっ!」

張りのある男性の声がスタジオいっぱいに轟いて、
特殊な効果用のそれ以外は落とされていた照明が次々に灯される。
ドライアイスで焚かれていたスモークが足元を覆う中、
スタッフが数人ずつ、俳優たちへと駆け寄ってゆき。
弾力性のある樹脂で筋骨隆々なスタイルを盛り上げてあった、
特殊スーツ姿のアクションアクターは、
背中のジッパーを下ろしてもらうと、
暑い暑いと連呼しながら、大きく明けられた戸口の方へ足早に去って行った。
亜空間シーンの撮影は、凝ったセットがないから気楽そうに見えるかもしれないが、
むしろ照れ臭さが倍増するので、集中するのが大変で。
だってホントは此処って、
ガイアとバイアスがしのぎを削って取り合ってるって設定の、
隔離された超空間なんかじゃないんだし。
さっきまで向かい合ってたのだって、
以前に劇場版の刑事物でアクションスタントを担当してもらった矢島さんで、
怪人何とかなんかじゃあない。
直前に格闘してたって設定だったためのかすり傷、
担当のメイクさんの手で落とされてると、
助監督さんが寄って来て、

「桜庭くん、こっからは箱崎くんと代わるから。」
「はい。」

究極戦人タナトスを演じるスーツアクターさんのことで、
撮った画面へのアフレコは後日になろうから、
今日本日の桜庭春人の出番はここまでだ。
皆さんはまだまだお仕事中ながら、お疲れさんとあちこちから声を掛けられる中、
マネージャーと共にスタジオの外へと出れば、
放映されるのはすぐ直前の戦隊もの、5人の宇宙騎士の皆さんが、
カラフルなコスチュームで通るところと鉢合わせ。

「あ、トーゴ・タケシだ。」
「なに? そっちも今日“撮り”だったの?」

年代が近いのと、時々合同イベントがあったりするせいで、
随分前からお互い顔なじみになっており、
半分ふざけて役名で呼び合ったりもするのだが、

「そっちって劇場版の2本目が決まったんだってね。」
「い〜な〜vv ゲストでウチらも呼んでよvv」

そういう無理を言われると、ジョークなんだか本音なんだか読めなくて、
ちょっとどぎまぎする尻腰の弱さはどうしても直せない悪いとこ。
マネージャーが適当にまぜっ返してくれての笑い合って別れたけれど、

「ダメだよ、桜庭ちゃん。ああいう場面は適当に相槌打ってなきゃ。」

そゆこと決めるのは俳優じゃないって事くらい、
あの子らだってキャリアは長いから判ってる。
あとあとで話が違うなんて向こうだって言って来ないから、気負うことはないよと。
判ってることを言われてしまい、

「じゃあ、僕は事務所のほうへ戻るから。」

寄り道すんじゃないよ? 明日の分の台詞、覚えておいてね?
口調は柔らかいけど目は微笑ってない、
ウチで一番働き者なマネージャーさんが、
タクシーチケットを差し出しながらそうと言い置き、

  「事務所で一番の稼ぎ頭が、タクシーチケットで帰るのか?」

はぁあとつきかかった溜息が、中途半端に一旦停止。
え?え?と辺りを見回せば、

 「隙だらけだぞ、究極戦人タナトス。」
 「外では やめてくんない? それ。////////

さすが、神出鬼没が自然呼吸レベルで十八番なお人。
いつどうやってと慄くくらい、気配のないまま、
こっちの背後へひたりと張り付いていて。
頼みますから…お顔の横合いから、
バナナをナイフ代わりに差し出すのはやめてくらさい。
ガードマンさんが見てなきゃあ、
間違いなくモデルガンを突き付けられてたな、この間合い。
素人の大学生に後ろを取られてりゃあ世話はなく。
つか、

 「なんでヨウイチがこんなトコにいるかな。」
 「お前だって居るじゃんか、こんなトコ。」

神聖な仕事場を腐しちゃいけないと、柄にないことを言う彼と、
それでも立ち話にはしないでの歩き出す。
スタッフの方々が忙しそうに駆け回ってる邪魔になるし、
それより何より、こういう業界の空気の中でってのは落ち着けないから、
早く遠ざかりたい桜庭で。

 「珍しい仕事してんのな。」
 「…まぁね。」

昨今の…というかこの春のドラマ界は、
生きのいいイケメン男子の争奪戦が激しかったようで。
学園ものの連続ドラマが4本も乱立したせいで、
学生役の子が圧倒的に不足したとか。
群衆シーンのモブはまだ、一般から公募するって手があるけれど、
原作のある作品ばかりなため、
台詞があって話の主筋にからんで来るレギュラー格には
それ相応の経験者じゃないと、
原作ファンからの苦情が殺到するだろし、スポンサーだって黙っていない。
そこでと、高校生から二十代全般のイケメン男優たちが
例年にない規模にて奪い合いをされてしまい、

 「でも。お前にはお声がかからなかったんだ。」
 「そーなんだよね。」

天下の二枚目、桜庭春人なのになぁ。
もうお前の時代じゃねぇの?なんて言い出すもんだから、
さてねぇと苦笑を返して差し上げる。
確かにまあ、中学生や高校生っていう、ピッチピチに若い子たちは、
毎年毎年“これでもか”って数がデビューしているし、
学園ものなぞは観る層も同世代だろから、
そういう子たちの顔見せって傾向が強いから。
そこしか需要がない訳じゃないクチの中堅どころは、
事務所の方針とやらで、二の次にされても仕方がない。

  …といいますか。

春はアメフトがあるからと、前以ての根回し、
冬のうちから それとなくあちこちで執拗に口にしてあったんで、
声が掛からなくってラッキーと、むしろ胸を撫で下ろしていたんだのにね。

 『…あ、そうそう、桜庭ちゃんがいたんじゃない。』
 『はい?』

余裕で空いてたスケジュールを一体どう解釈されたやら、
うっかり忘れてたわけじゃあないのよ、ごめんね、ドル箱俳優さんなのに。
罪滅ぼしに大きな仕事を回してあげると、
割り振られたのが…この特撮もの。
しかも3クールどころじゃあない、きっちり1年間分の主人公と来た。
使われる映像は半分がスーツアクターさんの演技だけれど、
それにしたって労力や拘束時間が減るわけじゃあないから、

  どうしてくれようか、社長のお茶目さんてばサっ。

しかもしかも、

 「アメフト協会も一枚咬んでるんだってな。」
 「うん…。」

主役のトーゴ・タケシは大学のアメフトボウラーなんだって、
なに考えてるんでしょうか、協会の広報さんも。
そうしてそして、
今まで何にも言わなかったヨウイチだったんで、
まさかもしや…気づいてないのかなって淡い期待を抱いてたのにね。
はぁあと溜息こぼしたら、背中をばんばんと叩かれて、
横合いからそりゃあ楽しそうに覗き込まれた。
あああ、これでまた からかいの要素を進呈しちゃったんだ。
頑張って雰囲気作っても、
亜空間魔人出現…っとか言われたら、あっと言う間に白けちゃうんだ。
憂鬱だよなぁって、何か言われる前から落ち込みかけてたら、


 「俺さ、歴代仮面ラ○ダーの直筆サイン、きっちり集めてんだぜ?」

  ―― はい?


さすがに昭和の○イダーの分は、
人伝てに貰ったりオークションで買ったりしたもんだけどよ、
平成のは、何人もライ○ーが出てたブラックとか龍騎とか、
出演俳優のと、スーツアクターっての? 着ぐるみ着てた人のと対で、
全部自分で揃えたのを持ってるぞ?
最近のはポーズとか大袈裟じゃないから、
観ててもさほど照れなくていいよな…なんて。

喜々として話してくれるヨウイチさんなのへ、
今度は驚きが隠し切れない桜庭だったりし。
なぐさめようとしての嘘? それともホントに本当なのかなぁ?

 ―― でもまさか、こんな間近に らいだーやる奴が現れようとはな。

意外すぎてしばらくほどは信じられなかったんだって。
えとうと、そうなの?
だから、話題にしないでいたの?
体を鍛えていたからの抜擢で、
ホントはもっと前のも候補に上がってたんだってと付け足せば、

 ―― じゃあ、○王にもお前出てたかもしれないのか?
     えと、うん。

さすがにあのコンセプトだったから、主役ではなかったらしいけど。
それよか すらっと名前が出たのがこっちにも驚き。
うわ、ホントにファンだったんだ、ヨウイチってばvv
あ、うん。判ってる。セナくんたちには内緒でしょ?
その代わり、ヨウイチも…
いやボクの方はテレビに出てるから隠しようがないんだけれど。
そうじゃなくって、あのね?
普段の僕を“トーゴ・タケシ”扱いしないでね?
途端に“え〜〜〜っ”てのは、何よそれ。
サインはするから、スーツアクターの箱崎さんにも逢わせるから、だから。
それだけはお願い、ね?ね?
タナトスなんかよりずっと強いのは、やっぱ蛭魔ヨウイチなんだから、ね?





  〜Fine〜  08.4.28.


  *時々思い出したように、電/王のビデオを観ております。
   選りにもよって10話から録画しての観始めたもんで、
   最初のテープが一番需要が激しくて、(だってキンタロス登場だし)
   既にところどころ傷んでるのが悲しいです。
(苦笑)
   あとは最終回までの三話が泣かせるで。

  *GWなので、このくらいは はっちゃけてもいいかなとか思いました。
   ヨウイチさんが大いに偽者ですいません。
   関係各位には関係ありませんので、
   アメフト協会協賛のラ○ダーシリーズが始まるなんてことも
   ありませんので悪しからず。


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